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デジタルシフトに成功したマザーハウスが大切にしていること

2023/05/16 Tuesday
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リモートワークをはじめ、コロナ禍で加速したデジタルシフト。しかし、会社によってその難易度は異なります。

リアル店舗を大切にする株式会社マザーハウスでは、どのようにデジタル化を進めてきたのかーー小売企業としてデジタルシフトに成功した根底にある考え方や進め方をうかがいました。

本記事は、2023年4月11日に『Alternative Work』が主催したイベント(登壇:株式会社マザーハウス代表取締役副社長・山崎大祐氏、株式会社キャスター取締役CRO・石倉秀明)をもとに、対談記事にまとめました。

山崎 大祐氏
2003年慶應義塾大学総合政策学部卒業、 卒業後にゴールドマン・サックス証券にエコノミストとして入社し、日本及びアジア経済を担当。07年3月に退職し、ファッションブランドを展開する株式会社マザーハウスを同社代表・山口絵理子と共に創業、08年6月に同社副社長に就任。19年3月から、同社代表取締役副社長に。「Warm Heart, Cool Head(熱い情熱と冷静な思考)」を持った経営者・起業家を育てる私塾・思いをカタチにする経営ゼミの主宰やブラインドサッカー協会の理事にも就任。

石倉秀明
約800名がフルリモートワークする株式会社キャスター取締役CRO(Chief Remote work Officer)。『Live News α』(フジテレビ系列)、『ABEMAヒルズ』(ABEMA)コメンテーターや『ダイヤモンド・オンライン』での連載、書籍執筆などの活動も行う。妻と7歳の娘と犬と猫と暮らしている。著書に『会社には行かない』『コミュ力なんていらない』『THE FORMAT』等。

リアル店舗を大事にする、マザーハウスのデジタルシフト

石倉:世界に45ものリアル店舗を展開しているマザーハウスですが、デジタルを取り入れるきっかけは何でしたか?

山崎:そもそもマザーハウスって全くデジタルには強い会社じゃなくて、むしろ真逆の会社だったんです。多くのアパレル企業がオンラインで売り上げを伸ばそうとしているときに、マザーハウスは真逆。路面店つくって、リアル店舗を超大事にしましょうってやってきたんで。この考えは今も変わっていないんですが、コロナ禍で「デジタルシフトせざるをえなかった」というのが正直なところです。緊急事態宣言が出たときは全店舗がクローズして、「こういう日が来るんだな」「お店が開けなくなる時代が来るんだな」とびっくりしましたね。ただ、逆に言うと、「何のためにお店やってたんだっけ?」ということに立ち戻れました。

石倉:そんななか、デジタルシフトの第一歩として、具体的にどんなことをやりましたか?

山崎:まずは「お客さまとの接点をなくさない」ということをとにかく徹底してやりました。もともとイベントをよくやっている会社だったのもあって、オンライン上でも僕たちの顔が見えるオンラインイベントをやり続けました。

もう1つは、メンバーをとにかく不安にさせないこと。人っていうのは不安っていうのが一番の敵で、不安を感じると思考停止になってしまうので。コロナ禍ですべてがストップしている状態が続いても、経営に問題がないことをメンバーに共有しました。

また、不安な状態で考える時間があることは良くないので、緊急事態宣言中の2ヶ月間はたくさん研修をやりました。販売スタッフも含めてあの時期は「いつもより忙しかった」と言ってます(笑)。

石倉:なるほど。どういう研修をしたんですか?

山崎:こういう時期にしかできない研修をやろうと思って、コロナ禍で自由が失われたことを受けて「自由とは何か」とか、皆で「自由の意味を考える」ということを320人くらいでZoomでやりました。人類が自由を獲得してきた歴史を学んだり、グループを作って自由について議論をしたりしました。最終的には、コロナが明けた後にやるべき新規事業は何かなども発表しましたね。

最初は不慣れでしたけど、やっていくうちにデジタルに対してフレンドリーになったというか。いいトレーニングになったって感じでしたね。

デジタルと相性の良い企業カルチャー

石倉:コロナ禍でリモートワークが加速したと言われていますが、実際には平日、朝の品川駅ではとんでもない人の波があるのを見ると、人の行動を変えるのは難しいとすごく思うんですよね。そんななか、マザーハウスさんがうまくデジタルシフトできた理由は何だったんでしょうか。

山崎:まず「何のためにやるのか」というWHYを最初に考えて、徹底していきました。そして、「お客さまにとって忘れられない会社をつくろう」「お客さまとの接点を持ち続けよう」ということに皆が納得してくれて、学んでいけたというのがあります。

もう1つは、オンラインの「同時進行で全員がリアクションできる」というインタラクティブな環境が良かったんですよね。そういうインタラクティブな文化がもともとマザーハウスにはあったので、リアルよりもオンラインとの相性が良かったっていう。前提に信頼関係があったからだと思うんですけど、オンラインでミーティングやってみたら、むしろやりやすくなったんですよね。

石倉:そういうカルチャーはどうやってつくられたんですか?

山崎:カルチャーをつくる意味では、トップのスタンスがとても重要だと思っています。僕はリアルでもオンラインでも「皆の声を聞きたい」というスタンスであり続けてきたつもりで。たとえば、社内でオンライン会議をするとき「オンライン会議めっちゃいいじゃん!」「皆、結構発言できるね!」と最初に言うことによって、オンラインに対するポジティブな空気が作られます。トップのスタンスと言葉って、とても重要だと思いますね。

石倉:たしかに。キャスターでも先日、CI(コーポレート・アイデンティティ)とVI(ビジュアル・アイデンティティ)を改めて考えるタイミングがありまして。普段はあまりそういうことをやらない会社なんですけど、代表の中川や経営陣で会社の根幹の考え方とかスタンスとかをディスカッションして、それを社内へ言葉で共有できたっていうのは結構大きかったですね。

当たり前のことを丁寧に高レベルで続ける

石倉:よく相談を受けるのが、「リモートワークになって皆の表情が見えない」「参加してくれない」というものなんですが。オンラインでも進められる風土をどうつくるかに、経営者は苦労されている印象です。マザーハウスさんではどんな工夫をしていますか?

山崎:「めんどくさいことをやるかどうか」だと思いますね。ゴールに対する効率性だけを考える会社だったら、めんどくさいことに取り組めないんですよね。プロセスにおける丁寧さをいろんなところで持てるかどうかに尽きる。人を育てるとか、全員参加するためのコミュニケーションとか、必要以上に伝えていくとか。マザーハウスはそれに慣れているのはありますね。

僕はZoomのミーティングでも新卒のメンバーに話を振ったりしますし、そうすると最初は恐る恐る答えていたものが、そういう参加の仕方があるんだって変わってきます。上意下達ではなくて、ボトムアップ型のコミュニケーションを絶えず取り続けているかどうかだと思うんですよね。

石倉:そうですよね。リアルに会って仕事をしてたときは、ある意味、阿吽の呼吸でも通じることもあるし、言いたいことを雰囲気で察してくれたりとか、言わなくても通じてた部分があると思うんですけど。リモートワークでは雰囲気は通じないので、言わなきゃいけないことをサボっちゃいけないなっていうのはすごく感じてますね。

ある意味で、当たり前のように聞こえることを当たり前にどこまでやれるかの差が求められるんだなと思いますね。リモートになることでリアルより抜けてる感覚は、量や回数で補うしかない。これを面倒くさがっちゃうから、皆うまくいかないんだろうなというのは究極的な解として最近思っていることですね。

山崎:それは僕も全く同じです。2つの頭を使い分けるってことですよね。効率性を求めてミーティングするときと、コミュニケーションの大切さが必要なときと分けて考えるというか。ダブルスタンダードが必要だなと思います。

「リアルの希少性」と「オンラインの信頼性」

山崎:キャスターさんはフルリモートですが、あえてリアルを使うときってあるんですか?

石倉:いやぁ…創業からフルリモートで、集まるっていうのがベースにはないんですよね。人数が増えた今は、部署ごとにやろうとしても住んでる場所もバラバラだし、現実的に厳しいのが正直なところですね。

ただ、役員がそれぞれの都市を回るタイミングでは近くに住むメンバーと飲みに行くんですが、それはめちゃくちゃ盛り上がります。本当にたまに会うからこそ、盛り上がるというか。会うことの貴重さというか、希少性みたいな良さってあるじゃないですか。今まで人と直接会うという貴重な経験を無駄遣いしてたんじゃないかっていう感覚にはなりましたね(笑)。

山崎:なるほど。それはちょっと分かる気がします。

僕は「答え合わせ消費」って言い方をしているんですが、コロナ禍にオンライン上で知った人に、コロナが明けてリアルに会って確かめるみたいなところってたぶんありますね。

石倉:普段の友人関係とか仕事以外の繋がりを見てみると、実は僕らリアルよりオンラインの方がコミュニケーションの量は多いし、オンラインから知ったりすることの方が多いので、ある意味、自然に近い行為でもあるなと思ったりもします。

山崎:すごく大きなポイントですね。今の20代以下の人と話すと、SNSで知り合った人とめっちゃ仲良くしてるんですよね。いろんなことが相談できるって言うんですよ。なんで?って聞いたら、「離れてるから」って言うわけですよ。毎日リアルに会っている関係じゃないからこそ、逆に話せるという。最終的にはその人とリアルでも会って、すごく仲良くなったと言っていました。こういう関係性の作り方がこれから出てきますよね。

でも、デジタルシフトに困っている会社の経営者はこういうことが理解できないのかもしれません。オンラインの方が信頼できないという前提に立ってしまっていて。

石倉:人間関係を築くスタート地点が違いますよね。

実は、僕はオンラインからのスタートは違和感がなくて。というのも、僕はすごく田舎で育って、田舎特有の狭く濃い人間関係がすごく苦手で。なので、逆にmixiやGREEでつながって会話してる方が楽しいと思っちゃったんですよね。

山崎:おっしゃる通りで、ローカルの文脈で言うと、オンライン上の方がフェア。リアルを追求するって話になると、都市部に人も情報も集まることが前提になっちゃってて…これからの分散型社会をつくるためには、オンラインでそういう信頼関係がつくれる社会の方が明らかに優れていると言えるというのも感じますね。

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※本記事は、 2023年4月11日に『Alternative Work』が主催したイベントの内容を編集して作成しています。
『Alternative Work』では、定期的にイベントを開催しています。興味のある方は、ぜひお申し込みください。
https://www.alternativework.jp/event/

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さくら もえMOE SAKURA

出版社の広告ディレクターとして働きながら、パラレルキャリアとしてWeb媒体の編集・記事のライティングを手掛ける。主なテーマは「働き方、キャリア、ライフスタイル、ジェンダー」。趣味はJリーグ観戦と美術館めぐり。仙台の街と人、「男はつらいよ」シリーズが大好き。ずんだもちときりたんぽをこよなく愛する。

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